2021.12.24
新規の『RMFペプチド-MHC複合体に特異的なT細胞二重特異性抗体』を用いた急性骨髄性白血病の細胞内WT1を標的とした治療
Targeting intracellular WT1 in AML with a novel RMF-peptide-MHC specific T-cell bispecific antibody
Christian Augsberger*, Gerulf Hänel, Wei Xu, Vesna Pulko, Lydia Jasmin Hanisch, Angelique Augustin, John Challier, Katharina Hunt, Binje Vick, Pier Edoardo Rovatti, Christina Krupka*, Maurine Rothe, Anne Schönle, Johannes Sam, Emmanuelle Lezan, Axel Ducret, Daniela Ortiz-Franyuti, Antje-Christine Walz, Jörg Benz, Alexander Bujotzek, Felix S Lichtenegger, Christian Gassner, Alejandro Carpy, Victor Lyamichev, Jigar Patel, Nikola P Konstandin, Antje Tunger, Marc Schmitz, Michael von Bergwelt-Baildon, Karsten Spiekermann, Luca Vago, Irmela Jeremias, Estelle Marrer-Berger, Pablo Umaña, Christian Klein, Marion Subklewe
*Department of Medicine III, University Hospital, LMU Munich, Munich, Germany.
Blood. 2021 Jul 19;blood.2020010477. doi: 10.1182/blood.2020010477. Online ahead of print.
抗体を用いた免疫療法は、化学療法に対する耐性を示す白血病細胞に対する有望な治療法であるが、従来の抗体療法の標的は細胞の系統に特異的な細胞表面抗原に限られている。細胞内の抗原を標的とすることで、白血病に関連するその他の多くの標的が抗体療法の対象になり得ると考えられる。本研究では、CrossMabおよびknob-into-holesの技術を用いて作製された新規T細胞二重特異性(T-cell bispecific: TCB)抗体を評価した。この抗体には、ヒト白血球抗原(HLA)A*02型拘束性に細胞内の腫瘍抗原であるウィルムス腫瘍1(Wilms’ tumor 1: WT1)由来のRMFPNAPYLペプチドを認識するT細胞受容体様結合ドメインが2価含まれている。T細胞は、それぞれが持つT細胞受容体の特異性に関係なく、このTCB抗体とCD3εとの結合により動員される。WT1-TCBは、WT1特異的に、そして、HLA拘束性に、急性骨髄性白血病(AML)細胞株に対し、抗体を介したT細胞による細胞傷害活性を誘導した。ex vivoでのT細胞と生のAML細胞(細胞株でないAML細胞)との長時間の共培養で、後者に対する特異的細胞傷害活性が認められた(同種T細胞を用いた場合の特異的細胞傷害活性の平均値±SEMは13 - 14日後の時点で67±6%、n=18;患者の自家T細胞を用いた場合の特異的細胞傷害活性の平均値±SEMは11 - 14日後の時点で54±12%、n=8)。WT1-TCBで処理したT細胞は、生のAML細胞に対して、HLA-A*02-RMFに特異的なT細胞クローンより高い細胞傷害活性を示した。WT1-TCBに免疫調節薬レナリドミドを併用することによって、生のAML細胞に対する抗体を介したT細胞の細胞傷害活性は、さらに強化された(特異的細胞障害活性の平均値±SEMは3 - 4日後の時点で45.4±9.0%対70.8±8.3%、P=0.015、n=9 - 10)。in vivoでは、SKM-1腫瘍を有するヒト化マウスにWT1-TCBを投与すると、用量依存性に有意な腫瘍増殖の抑制が認められた。以上のように、WT1-TCBは、in vitro、ex vivoおよびin vivoにおいてAML細胞株および生のAML細胞に対する強い細胞傷害活性を誘導することが示された。これらの結果は、再発/難治性AML患者を対象とした第1相試験の開始につながった。
URL
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/34280257/
コメント
WT1は最も優れた癌免疫療法の標的抗原(つまり癌抗原)のひとつである。癌細胞内に存在するWT1タンパクはペプチドに断片化され、そのペプチド断片は細胞表面のHLA分子の溝にはまることにより細胞表面に提示される。『WT1ペプチド+HLA class I分子』複合体はCD8陽性Tリンパ球のT細胞レセプター(TCR)に、『WT1ペプチド+HLA class II分子』複合体はCD4陽性Tリンパ球のTCRに、それぞれ、認識される。この『WT1ペプチド+HLA分子』複合体をTリンパ球に『癌の目印』として認識させ癌細胞を攻撃させるのが、WT1を標的とした癌免疫療法である。現在、種々の様式のその免疫療法の研究が国内外で進んでおり、例えば、WT1ペプチドワクチン療法、WT1ペプチドをベースにした樹状細胞ワクチン療法、WT1mRNAをベースにした樹状細胞ワクチン療法、WT1特異的TCR導入T細胞輸注療法、WT1抗原を用いた人工アジュバントベクター細胞(aAVC-WT1)療法、さらに、経口WT1ワクチン療法などがあり、第3相治験にまで進んでいるものもある。
本論文においては、上記の『WT1ペプチド+HLA分子』複合体を認識する抗体を用いた癌免疫療法の試みが紹介されている。本論文中のRMFPNAPYLペプチドは、HLA-A*02拘束性に細胞表面に提示されWT1特異的CD8陽性キラーTリンパ球を誘導できるものであり、世界的に最もよく研究されている癌抗原ペプチドの一つである。従来、一般的に、抗体を用いた免疫療法は細胞表面に存在する抗原を標的にしたものであるが、ここでは、腫瘍細胞内の癌抗原がペプチドに断片化されて細胞表面に提示されることを利用して、腫瘍内抗原を標的とした抗体療法の開発を目指した研究結果が述べられている。
抗体をベースにした癌免疫療法は、いったん実用化されれば、施行時に洗練された高度な遺伝子操作を必要としないため、実臨床における汎用性が高いという利点がある。本論文は、AML細胞などの悪性細胞表面の『WT1ペプチド+HLA分子』複合体と結合でき、かつ、Tリンパ球表面のCD3εと結合してT細胞を動員できる二重特異性抗体の開発について述べられた基礎研究の論文であるが、本研究の成果をもとに臨床試験が行われ、有望な臨床成績と安全性が示されることが期待される。
監訳・コメント:大阪大学大学院 医学系研究科 癌幹細胞制御学寄附講座 寄附講座教授 岡 芳弘先生